――――けほんけほん・・・
―――ノドが痛い、節々も痛い・・・。
痛む頭を押さえながら、桜乃は、とぼとぼと家路を急いでいた。
短大を卒業して、勤めだした会社だが、少し慣れて気が緩んだのだろうか。
覿面に身体にきた。
朝から『熱っぽいな・・?』とは思っていたが、会社に行ってしまえばなんとかなる、と思っていたのだが。
だんだん顔も腫れぼったくなって、瞳も潤んできたから、流石に周りの同僚も「帰りなよ〜?」と勧めてくれた。
ソレでなくても、入社当初からの彼女のがんばりは、周囲に認められていたのだ。
普段の彼女なら、ムリをしても退社までいただろうが、
「台風も来ているし、今のうちに帰ったほうがいいよ」
と念を押されて、皆の言葉に甘えることにした。
実の処、タクシーで帰ろうか・・と思える程の体調だったのだが、タクシーに乗り込んで、家までの道を指示するのも辛かったので、普通に電車と徒歩で帰宅する。
就職と同時に始めた1人暮らし。
「私も、色々1人で頑張ってみたいの・・!」と、両親や祖母を説得した。
―――『あの人』も頑張っているのだから、自分もココで、出来る事を頑張りたい。
口には出さなかったが、皆にはわかっていたのだろう。
渋々と認めてくれた。
当の『あの人』は、桜乃が1人暮らしをすると知った途端、父親並に心配して、周辺の住環境やら、
最寄り駅までのルートやら、そんなものを根掘り葉掘り聞いて、桜乃を閉口させた。
「そんなに言うなら、リョーマくんが見に来ればいいのに」
説明しきれずに、とうとう桜乃がそう言うと、
「行く」
と、ホントに来てしまって吃驚した。
確か『お休みはしばらく取れない』といっていたのでは・・?と唖然とする桜乃を尻目に、
テキパキとチェックポイントを押さえ、彼の御眼鏡に適った物件に今、住んでいる。
その時のコトを思い出すと、自然と笑みが零れてしまう。
やっと家に着いた・・・。
と、鍵を取り出し、中に入る。
そこで、遠くから携帯電話が鳴っているような気がした。
――――あれ?この着信音は・・・?
家に着いて、ホッとしたのか、意識が遠くなる。
電話に出たような、出なかったような。
――――それとも、最初から電話なんて鳴らなかった・・・?
そのまま、記憶が途絶えた。
カラカラカラ・・・
遠くで、氷の音がする。
――――お母さん・・・?
ううん、違う。
この額に乗せられた手は・・・。
私の、大好きな・・・・。
「大丈夫。寝てな。」
囁くように、頭を撫でられて、今度は、安心して意識を飛ばす。
―――額に、冷たいタオルが乗せられていて、キモチがいい。
ぼんやりと目を開けると、心配そうに覗き込む、強い瞳と目が合った。
「あ、目、覚めた?」
「まだ熱あるから、寝てたほうがいいよ」
熱で、タダでさえ回らない頭が???になる。
「・・・りょーまくん・・・?」
「うん、ソウ」
ぼんやりとしていた頭が、徐々に覚醒してくる・・・。
「ええっ!?リョーマくん!? ・・本物!?」
「・・・・偽者がいたら、気味が悪いんだけど・・・」
「ど、どーして・・?
いつ日本に・・?
な、なんでココにいるの?」
「・・そんな一度にいわなくても・・」
苦笑気味にリョーマが答える。
「まず、帰って来たのは昨日。
で、帰った、って電話を入れたら、アンタが『リョーマくん・・・』って言ったっきりうんともすんとも言わないし」
とりあえずココにきてみたのだという。
「そしたら、アンタ玄関で倒れてるし」
不機嫌そうに言われてビクッとなる。
「ご、ごめんね・・?
迷惑かけちゃったね・・?」
その言葉に、更に不機嫌そうになる。
「そーじゃないデショ?」
「え?」
「オレは、『迷惑かけられた』なんて言ってない。
『倒れるまで無理した事』を言ってるの。」
「あ、あのネ・・・。大丈夫だと思って・・」
「アンタ、タダでさえ自覚薄いんだから」
「だ、だって・・・」
「あ〜、アンタの言いそうなこと、皆言ってやろーか?
『皆に迷惑かかるし』『スグに平気になると思って』とか、サ」
「〜〜〜〜〜」
ニヤリと笑われ、返す言葉もない。
「『1人で倒れるまで頑張る、って事が、強いってことじゃないんだから』。・・・・・デショ?」
「あ・・・・。・・・覚えてたの・・?」
トーゼン、とリョーマが微笑む。
それは、以前、桜乃がリョーマに言った言葉だった。
中学卒業と同時に海を渡ったリョーマだったが、早く実績をあげたいキモチが空回りして、上手くいかないことがあった。
周りの忠告も聞かず、我武者羅にボールを追い、そして練習中に倒れた。
身体面で不良な処はなかったが、精神的に追い詰められていた。
何を言われても聞き入れないリョーマに、彼を良く知る者たちは、日本から『特効薬』を送り込んだ。
リョーマの特効薬ー桜乃ーは、瞳が曇りかけていたリョーマに向かって、そう言った。
「『頑張り方』が違うよ、リョーマくん」、と――――――。
「・・・うん、そうだったね・・・。・・・ごめんなさい。」
リョーマは、桜乃にしかわからない程度に軽く頷き、笑んだ。
そして、桜乃の額に自分の額を合わせ、もう大丈夫みたいだネ、と呟く。
「アレ・・?今日、何曜日・・・?」
「土曜。アンタ、土曜休みだったよね?」
「ウ、ウン・・・。リョーマくん、ずっといてくれたの・・・・?」
「あの状態じゃ、ほっとけないデショ?」
「ごめんなさい・・。じゃなくって、
・・・・・ありがとう・・・。」
「ン。正解」
丸1日近く眠っていたらしい。
もう、陽が傾きかけていて、夕暮れ特有の匂いがする。。
「なんか、喰う・・・?
喰いたいもんあったら、買ってくるけど」
「あ、ヘーキ・・・。あまり、食べたくないし」
「ダメ。なんか喰わないと」
「・・・・でも・・・」
「ナニ?」
「・・・・・」
ポツリと、桜乃が呟いた。
「ナニ?聞こえない・・・」
「・・・・だって、リョーマくんいなくなっちゃう・・」
滅多に甘えない桜乃が漏らした言葉に、笑みが濃くなる。
ベットサイドに腰掛けて、頬を撫でる。
「・・・買い物に行くだけなのに」
「・・・・だって・・・・なんか、夕焼けが、淋しくって・・・・」
ああ、昔もそんなこと言ってたなぁ、とリョーマは思い出す。
普段は平気なのだが、時々急に、夕方や、夜が怖くなるのだと。
世の中に、自分1人の様な気がするのだと。
「・・・子どもみたいなこと言っちゃった。
ごめん、リョーマくんもお腹すいてるよね。
なにか買ってきて?」
「やっぱり、やめた」
「リョーマくん?」
「せっかく目が覚めたんだから、目が覚めた桜乃を堪能する方がイイ」
「え?え?え?」
「まぁ、寝てるアンタもいいけどね?」
ニヤリ。
急に思い当たり、桜乃は視線を彷徨わせる。
「そ、そーいえばリョーマくん・・・・。き、着替えさせてくれたのって・・・」
「ん?オレ以外に誰がいンの?
あ、汗かいてたら、着替えた方がいいよ。
・・・手伝おうか?」
「〜〜〜結構ですッ!!」
「今更、照れなくてもイーのに・・・」
とても嬉しそうに言われて、返す言葉もない。
「リョーマくん、いつまで日本にいるの・・・?」
「2週間。取材や、練習は入るみたいだけど」
ねぇ、とリョーマが囁く。
「オレ、その間ココにいていい・・・?」
「え・・?う、ウン・・・」
「オレがいるときは、アンタの苦手な夕方も、夜も傍にいてあげる」
桜乃・・・、と優しく名前を呼ばれて顔を上げると、不意に唇を塞がれた。
「ん、やっぱ桜乃の唇は甘いね」
「か、風邪が移っちゃうよ〜〜」
「そしたら、今度はアンタが看病してよ?」
「そ、それはいいけど、ソーじゃなくって・・」
「じゃあ、桜乃の風邪が治るように、『頑張らないと』ね」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ねぇ
こんな夜には傍にいて――――――
2004.5.27
・・・・『甘ッ!!!』
背筋がむずむずして、虫歯が痛くなりそうです。
過保護な越前サンです。
たまにはこんな「偽者」もいいでしょう・・・←開き直り
ビニョーに、前のハナシとLINK・・・?(ホントかッ!?)
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