「リョーマくん・・・なにやってるの・・?」
よく見知った人の、滅多にみないだろう光景に、桜乃はつい声をかけてしまった。
学校の帰り道。
テスト期間中で、部活動は停止のため、ずいぶんと早い時間の帰宅。
やっと素振りだけでなく、ボールも打たせてもらえるようになった今、部活がないのは、とても寂しい。
ーーーリョーマくんのテニスも見れないし・・・
無意識に思ってしまったことに、急に気づいて頬を染める。
いつだって、リョーマは桜乃の憧れだ。
たとえ、コートの外にいる時に、居眠りばかりしていたとしても、コートの中のあの強い瞳に囚われてしまっている。
いつも通る公園を、何気なく見ると、見知った人物が。
・・・というか、今の今まで回想していたリョーマその人がいた。
「リョーマくん・・・? あの、何してるの・・・?」
思わず声をかけてしまったが、悪かっただろうか・・?
リョーマは、バツの悪そうな顔をしながら、情けない声をだした。
「リューザキ・・・。助けてよ・・・」
リョーマはベンチの上に、立っていた。・・・座っているのではなく。
え、どうしたの?、と問う前に、後ろから子供の声がする。
「おねーちゃん!そこは海だよ、溺れちゃうよ!」
・・・え?
「学校帰りに、ちょっとココでテニスでも・・・。と思ったら、コイツに捕まって・・・」
「コイツじゃない!ちゃんと”けいた”って名前があるんだ!」
「あーそうそう、そのコイツが、この調子で・・・」
「”けいた”!」
くすくす。
学校では見せないリョーマの表情に、知らず笑みがこぼれる。
「それで、”ココは海だ、避難しないと”って・・・」
「それで、ベンチに立ってたの?」
「・・・・仕方ないジャン・・・」
笑みを隠せない桜乃に、ブスっとリョーマが応える。
「えーと、”けいた”くん?」
「なに?おねーちゃん!」
名前を呼ばれて嬉しそうに、返事をする。
「けいたくん、1人? ・・えっと、おうちの人はどうしたのかな?」
「おかーさんね、ちょっと”きゅうよう”なんだって。”ここで待ってて”っていわれたから。けいた、待ってるんだ」
「そうなんだ。えらいね」
誉められて、顔を綻ばす。
「うん!おかーさんね、いそがしいんだ。おとーさんも。
ほんとは、おかーさん今日”オヤスミ”だったんだよ?だけど、急に電話が鳴っちゃって・・・」
寂しそうに、でも気丈に桜乃に話す。
「そっか・・・。じゃあ、おねえちゃんと一緒に、おかあさん待っていようか?」
「うん!!」
「リョーマくん、帰っても平気だよ? 私、この子のお母さん来るまで待ってるから。」
2人の会話を、目を見張りながら聞いていたリョーマは、
「そーゆーワケにもいかないでしょ? アンタ、道連れにしたよーなモンだし」
と、そっけなく応える。
ああ、一緒に待ってくれるんだ・・・・。
ちょっと心細かった桜乃は、そのコトバの意味を(珍しくも)理解して、微笑みかけた。
「ありがとう、リョーマくん」
「別に・・・」
「あ、じゃあ、リョーマくん、テニスしててもいいよ? わたし、この子と遊んでるね?」
「ン」
リョーマは軽くストレッチして、壁打ちを始める。
けいたと遊ぶ桜乃の耳に、小気味よいインパクト音が聞こえる。
リョーマの耳にも、けいたと桜乃の楽しそうな声が聞こえていた。
────話もしないのに、姿を見ているワケでもないのに、安心する・・・。
何故だか、心地のよい、時間。
夕方になり、けいたが女の人を見つけて、走り出す。
「おかーさん!!!!」
遠くで、その人とけいたが、話す声が聞こえる。
桜乃達のことを話したのだろう、お母さんらしき人は、こちらを見てぺこりと頭を下げると、手をとって夕焼けの中に消えていった。
「よかったね・・・」
なにが、ではなく、つぶやいていた。
「ン」
正直、不安だったのだ。けいたと一緒に、桜乃も。
リョーマがいてくれたから、待てたけれど。
「オレも、運動できてよかったし。でも」
「なに?」
「アンタ、”いいおかーさん”になれそうじゃん? ・・・・方向音痴を治せばね」
「!・・ひどい、リョーマくん」
「あ、でもアンタがそんなだったら、子供がしっかりするかもね?」
がーん、という顔で、桜乃がリョーマを見つめる
「うう〜〜〜〜」
ショックを受けつつ、ふと、思ったことを、桜乃は口にする。
リョーマなら、聞いてくれるだろう、と、思って。
「でもね、今、女の人も働くの当たり前でしょう? けいたくんみたいにしっかりして、でも寂しい子供、って一杯いるんだろうね」
「アンタに、働くのはムリなんじゃないの?」
「そ、そんなことないもん! そ、そのうちにきっと!」
肩を震わせて、リョーマが笑っている。
「いいじゃん、アンタはさっきの特技を活かせば」
「特技?」
「”子供の世話”。ま、アンタが世話やかれてたみたいだけど?」
「ひ、ひどい・・・・。保育士さんとか、幼稚園の先生、とか?」
「そんなのより、もっとぴったりの仕事、紹介してあげるよ。
・・・そのうち、ネ」
私にピッタリの仕事ってなんだろう・・・?
頭に?を浮かべたままの桜乃に、
「ただし、アンタ限定だけどネ」
と、ニヤリと笑った。
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数年後――――
「ただいま・・・」
我が家のドアを、カチャリとあける。
いつもなら、いそいそと出迎えてくれるハズの家族がでてこない。
「?」
と思いながら、リビングに足を運ぶと、彼の愛しの奥さんが、ソファの上に立っていた。
「あ、リョーマくん、お帰りなさいー」
「・・・ナニやってるの・・・?」
「おかーさん!動いちゃダメ!
おとーさん!ここ海だよー!はいっちゃダメ!」
―――ハ?
「・・・こんな調子で・・・」
苦笑しながら、桜乃がリョーマに微笑む。
懐かしい光景に、思わず笑みがこぼれる。
自分の家族・・・・。
桜乃にぴったりの職業、を紹介したリョーマは、自分の家族を手に入れていた。
2004.1.27
某方へのお見舞い?のシロモノ。とある所で眠っているのを掘り起こしてきました。
子供を公園に置き去りにしてはイケマセン・・・(オイ)
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