−どうしてコトバはいつも、キモチに追いつけないんだろう−
空港のロビーは、心地よい喧騒で。人のざわめきが遠くに聞こえて、現実のようには感じられない。カラダや、ココロのどこかが、麻痺してしまったようで・・・・。
唯一、『ココにある』と実感できるのは、さっきから一言も話さないのに、アタリマエのように繋いで離さない、あの人の手のひらだけ。
搭乗手続きは当に終え、後は出発の案内を待つばかり・・・・・。
言葉を発しないはずの手のひらからは、『あの頃』がたくさん零れ落ちてくる――。
あの人に出会ってから、幾つかの季節が過ぎていた。
出会ったあの頃は同じ目の高さで、不用意に目が合ってパニックに陥ったものだった。
そんなとき、いつも変わらない強さを持つ瞳が、少しだけ和らぐことに、少しも気づきはしなかったけど――――――
時々話ができるようになって。
滅多に人の顔と名前を一致させない貴方が、どうやら私の名前は覚えてくれているらしい、と気づいたときには、やはりパニックになった。
私は、私の中のキモチの正体が掴めずにいて。
その時は気づかなかったけれど、できれば、このまま『憧れ』で終わっていたいと思っていたし――――
そんな私を、貴方は見事に『引き摺り出した』
「ねぇ、オレ、アンタが気になるみたいなんだけど」
あの人から発せられたコトバが、うまく私の中で消化されずに、私はかなりマヌケな顔をしていたらしい。
(あれから、何度言われたかわからない程だから)
あの人のお決まりのため息で催眠術が解けたようになって、改めて事の重大さを思いしる。
「なんで・・・・?
だって、リョーマくんにはもっと・・・・」
「『なんで?』そんなの、オレの方が訊きたいよ。
ねぇ、『なんで』?」
射るような瞳に逆に質問されて、訳がわからない。
「オレもそう思うよ。
アンタの他にも、オンナは山のようにいるって。」
その言葉に深く頷きながら、どこかで『軋む』私がいる。
ダメだ、こんなんじゃ・・・・。
「後腐れのない、器用なオンナもたくさんいるのに、なんでよりによって『アンタ』な訳?
オレだって、ホントはカンベンしてほしいし。」
尤もなセリフの羅列の中に、とんでもない台詞がかくれているのに気づき、はっと眼をあげる。
「だから、『どうやらアンタじゃないとダメみたい』って言ってるんだけど?
リューザキサクノさん?」
「は・・・・はいっ!!??」
声が裏返って、とんでもなくマヌケな一声。
またもや彼のツボに入ってしまったらしい。
「くっ・・・。ホント、アンタっておかしすぎ・・」
「そろそろ休憩終わるから行くけど。ま、そーゆーコトなんで。とりあえず、覚悟してもらいましょうか?」
「かっ、覚悟!!??」
「ソ.『いろいろと』ネ」
去っていきながら、後手にヒラヒラと手を振るあの人の背中と、遠くで聞こえていたブラスバンド部の練習曲を、何故だか妙に覚えている。
それからも私は、『あの人の傍にいる自分』に自信がなくて。
資格、とか、ふさわしい、とか、そんな言葉でいつも逃げようとしていた。
そんなことであの人を煩わす自分が嫌で。
あの人を怒らせてしまう自分が嫌で嫌で。
一度、本格的にあの人を怒らせてしまったことがある。
私は、幾度も幾度も考えた挙句、とにかく自分の今の気持ちだけでも伝えようと、あの人の家にいった。
何度か連れられてお邪魔していたので、玄関先に出てきたあの人のお父さんにも、
「おー、桜乃ちゃんか。あいつと何かあっただろー!?」
と言われてしまった。
「えと・・・・。怒らせてしまって・・・」
からかいばかりだった瞳に、真剣な光が宿る。
「へ〜え、アイツが怒ったのかー。そりゃ、桜乃ちゃんすごいな。」
「え・・・・?」
「あいつはよー、怒る前にどうでもよくなっちまうんだよ。
テニス以外の事にはとんとキョーミがねえし。
全く、どうしてあんなになっちまったんだか。」
「そ、そんな・・・」
「そんなあいつを『怒らせる』なんてな。
こんなことは、他の人間が口出すことじゃねえが、アイツ、ホントに桜乃ちゃんに本気なんだな。」
「え・・・・」
「ま、愛想なしで、ホントどーしよーもねえ奴だけど、よろしくな。
桜乃ちゃんみたいな子が傍にいてくれりゃ安心だ。」
「・・・・私なんかが傍にいてもいいんでしょうか・・・?」
「あ?そんなのは、誰が決めることじゃねーだろう?
アイツと、桜乃ちゃんが決めることだ。
それとも、誰かの『お墨付き』が欲しいのかい?」
「・・・・・」
「ふさわしいとかふさわしくないなんて、誰かが決めることじゃねーんだ。
少なくとも桜乃ちゃん、『私なんか』なんて言っちゃいけないな。
まだまだこれからだ、あんたもアイツも、な。」
「ナニ話してんの、馬鹿親父」
「なんだと!?そんなことばっかり言ってるから、かわいい彼女に逃げられんじゃねーか!!」
「そ、そんなっ!!////」
「・・・・別に、まだ逃げられてないし・・・・」
視線が、絡む。
「リューザキ、こっち」
「えっ!?は、はいっ!」
「おーう、青少年、頑張れよー。桜乃ちゃん、『また』なー」
「・・・よけーな事ばっかり言うな・・」
何も言わずに、黙々と歩いていた彼が、裏庭で急に立ち止まる。
「え、えと、リョーマくん・・??」
「・・・んで?アンタは『どーしたい』の?・・・・オレと別れたい?」
「・・・ッ!そ、そんなッ・・・」
「・・ま、例えアンタが『別れたい』って言っても、オレはそんな気ないケドね。」
「・・・・・。」
「アンタのキモチが聴きたい。
『どーしたい』のか、『どーして欲しいのか』。
アンタや周りが言う、『もっとオレにふさわしいヤツ』なんて、どーでもイイ。
最初に言ったデショ?『アンタじゃないとダメみたい』って。」
「でも・・・」
「んじゃ、オレのキモチはどーでも良いわけ?
俺に、周りに『お似合い』って言われるような、スキでもないオンナと一緒にいろって?
・・・ふざけんなっ!」
あの人の怒りが痛くて、消えてしまいたい・・・と思った。
なんで私はいつもこの人を困らせてばかりいるのだろう…。
必死になにか言葉を紡ごうとするけれど、言葉がでない・・・。そんな私に、あの人お得意のため息が聞こえる。
「・・・・リューザキ・・・。
言っておくけど、こんなにオレを怒らすの、アンタだけ。」
「ご、ごめんなさ・・・っ」
「・・・んで、オレをこんなにイライラさせるのも・・・・」
「・・・・」
「・・・でも、『それでも手離したくない』って思うのもアンタだけ」
はっと顔をあげる。
「・・・・リョーマくん・・・・」
「・・・・オレも言葉足りないと思うけど、アンタは言葉溜めスギ。・・・もっと、言ってよ。オレわかんないし。」
滅多にみられない、あの人の困った顔に助けられて、言葉を紡ぐ。
「あのね・・・」
「わからないの・・・。
なんでこんなに迷っちゃうのか・・。
人の言葉がこんなに気になるのか・・・。」
「・・・うん」
「でも、でもね。リョーマくんの事が好きなのは、ホントなの・・・」
「・・・うん・・・。」
そっと、壊れ物のように抱きしめられた。
言葉にならないオモイも、全部全部、伝わっているといいのに−−−
幾つかの季節が過ぎた。
そして、今日、あなたは旅立つ。
海を越えて、掴みたいものを掴むために。
相変わらず私たちは、
『言葉が足らなくて』
『溜め込みすぎ』だ。
でも、言葉にならないオモイが、お互いに『ある』ことを知っていると信じて・・・。
「じゃあ、行ってくる・・・・・」
「・・・・うん・・・・・」
今度は、ぎゅっと抱き込まれる。
「アンタしか、いらない。ずっと・・・。だから・・・」
「うん、きっと・・・・」
いつでも、言葉は想いに追いつかない。
でも、ずっと、ずっと、きっと、ソバにいるから。
2004.4.22
迷ったり悩んだりしても、どうしても・・って2人がスキ
・・・腐ってます
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