些細なことから、あの人の携帯アドレスを知った。
―――だからと言って、どうすることもない。
それは、私の携帯の『引き出し』に、秘密のように仕舞われている。
たまに呼び出してみて、ホッとする。
友達とも呼べないようなあの人と私を、つないでくれているようで・・・・・。
「越前−。お前、携帯持ってるんだってー!?番号とか、メアドとか教えろよー。」
お昼休み。
急に聞こえたあの人の名前に、無意識にその姿を探してしまう自分がいた。
すぐに、テニス部仲間に囲まれたあの人を見つける。
「ヤダ。ウルサイし。」
「えちぜん〜〜〜!お前ってホントにそういう奴だよなー!!」
「リョーマ君の番号とか、知ってる人って誰なんだろうね?」
「家の人・・・。あと、先輩たちにはなんだかわからない内に登録されてた・・。」
「あはは、先輩達らしいねー」
「なんだよー、お前、自分から教えた奴はいないのかよー」
「・・・・ああ、一人いたかも・・・」
「へーーえ!!?? まさか女の子じゃないだろーなー」
「・・・・だったら、ナニ?」
「ええっ!本当かよ!!??だ、誰だよ!!??」
「・・・・堀尾、ウルサイ・・・」
遠ざかっていく背中を、見つめてしまう。
リョーマ君、自分からアドレス教える子がいたんだ・・・・。
午後の授業の内容は、頭に入っていかなかった。
放課後、自主練をする気も起きなくて、とぼとぼと帰途につく。
・・・でも、このまま帰ったら心配させちゃうな・・・
途中の公園のベンチを見つけ、座り込んだら、自然にタメ息がでた。
カバンにしまわれていた、携帯を取り出す。
シンプルなシルバー。
朋ちゃんに見せたとき、「意外〜〜!」と言われた。
あの人の好きな色だって聞いたから・・・。
メモリーを呼び出して、じっと見る。
―『リョーマくん』――――――
私の携帯にあったって、用のないもの。
使われる事のない番号。
『お守り』にしてたって、迷惑なだけだ・・・・・。
いっそ消してしまおう、と『消去』にカーソルを合わせる。
そしてまた一周する。
何度も何度も何度も・・・・・。
とうとう決心をして、震える指で押そうとしたとき―――
「ねぇ」
「ひゃ、ひゃ〜〜〜〜!!??」
急に声をかけられて、思わず、持っていた携帯を放り投げてしまう。
「・・アンタ、こんな時間までナニしてんの?」
「えっ・・?」
気づくと、すっかり辺りは暗くなっている。
「ええっ!?もうこんな時間!!??」
「・・・全く。今日いつもの自主練もしてなかったみたいだし・・・。」
時々、リョーマくんは私の自主練場所に現れて、アドバイスとも揶揄とも言えない台詞を残して去っていく。
それが、私にとってどんなに幸せな事なのか、リョーマくんは知らないと思うーーーー。
暗い思考に落ち込みそうになって、とにかく言い訳を考える。
「え、えと、ちょっと調子が悪くて・・・」
「調子が悪いなら、さっさと家にかえったら?」
少し怒気を含んだ声に、縮み上がる想い。
「あ、あの、リョーマくんはどうしてここに??」
「・・おばさんが心配して、電話してきた。」
これに、と携帯をとりだす。
「ど、どうしてリョーマくんに??」
「さぁ?かなり慌ててたみたいだから、アンタを知ってそうな奴にみんな掛けてるんじゃないの?」
「〜〜〜〜〜おばあちゃんッ」
「・・・・それだけアンタを心配してるってことでしょ?全く、ナニやってんの」
「え、えと・・・」
「ハァ・・。とにかく、送ってくから」
「えっ!!??い、いいよう!!?」
「ここで放り出したら、あとでナニいわれるかわかんないし」
「・・・ごめんね、リョーマくん・・・・」
・・また、迷惑をかけてしまった。
わかってる、リョーマくんが私に関わってくれてるのは、おばあちゃんがいるから・・・・。
ふと、気づいたように、リョーマくんが地面に放り出されたままの、私の携帯を拾い上げた。
「携帯持ってるんだから、一言電話いれるくらい・・・・」
言いかけて、開かれたままの携帯画面を見つめている。
「あっ!!!!」
そうだ、表示には『リョーマくん』の表示がでたままになっている。
「・・・消しちゃうの?オレの番号?」
「だだだ、だって・・・・っ!!」
「・・だって、ナニ?」
「・・・・迷惑でしょう?私なんかに知られてるの・・・」
昼間の会話が耳に甦ってきて、ぎゅっと唇を噛む。
「・・・・別に・・・。知られてヤなやつだったら最初から教えてないし・・・。」
「だ、だって、リョーマくんが教えた女の子にも悪いし・・・って・・あッ!」
思わず出てしまい、口元を押さえる。
「ふーん、アンタあの話きいてたんだ」
「ご、ごめんなさい、あの・・・・」
「・・・教えたよ、1人だけ」
「そ、そうなんだ・・・」
改めて、確認するように宣告されて、足元がおぼつかないキモチになる。
「・・・誰だか聞きたい?」
「えっ!!い、いいですっ!」
「へぇ、気にならないの?」
「き、気になんてッ!!」」
「ふーん、でもなんかアンタ泣きそうだけど?」
「・・・ッ」
口元を押さえて、固まってしまっている私をみつめ、また盛大なため息をつく。
「・・・・あのさぁ、アンタ『女の子』デショ?」
いきなり何をいいだすんだろう?
「で、アンタもオレの番号知ってるんでしょ?」
「う、うん・・・・?」
全く意図をつかめない私は、ただただ彼を見つめてしまう。
「は〜〜〜。だから、『アンタにしか教えてない』ってコト」
「え、えっ!!??」
言われた言葉に、声もでない。
「ま、せっかく登録してあるんだから、消す前に『活用』してみたら?」
「・・・・それって・・・。メールしてもいいってこと・・・・?」
「さあ?」
お得意の笑みを浮かべているあの人の顔が、ぼやけて見える・・・。
突然、携帯の着信音が鳴りだした。
「・・・ハイ・・・ああ、見つかりました・・・ってはい、送りますんで・・・ハイハイ・・」
おばあちゃんだ。声が、ここまで漏れてくる。
ピッと切る音がして、リョーマくんが振り向く。
「・・・ったく、耳元であんなに怒鳴んなくても・・・」
「くすくす。・・ここまで聞こえたよ。ありがとう、リョーマくん」
「・・・そいや、アンタ携帯持ってんのに、なんでおばさんアンタに電話しなかったの?」
「あっ!!きっといじり過ぎて、電池がなくなってきてたのかも・・・」
「オレの番号、消そうとしてて?」
「え、えと・・
ニヤリ。微笑まれてしまって、返す言葉もない。
「・・・ふーん・・。とにかく帰るよ」
「う、うん・・。あの・・・」
「ナニ?」
「え、えとさっきの・・・」
「・・・ま、せっかく持ってるんだから、こんなときには、おばさんとかオレに連絡入れたらいーんじゃないの?」
「・・・・『こんなとき』?・・・『リョーマくんに』?」
「・・・別に、『こんなとき』じゃなくてもいいーけど・・・」
つぶやく貴方の背中に、そっと問いかける。
ずっと、奥にしまわれていた貴方のアドレス。
引き出しから出してもいいのですか・・・?
2004.1.29
本当は、この続きのネタを思いついて書き出したシロモノ。
で、元は跡形もなく・・・(ニッコリ)
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